文政年間(江戸時代後期)に白玉粉製造開始:献上品
文政年間(江戸時代後期)に山世商会の創業者の父である渡辺寅吉が加茂郷(現加茂市)
で白玉粉製造を開始する。献上品として製造。維新・文明開化とともに一般普及に尽力
明治15年(1882年)渡辺寅平が山世商会を創業 事業としての白玉粉生産がスタート
■渡辺寅平の写真(現在、著作権により掲載許可申請中)
明治15年(1882年)山世商会を創立(創業開始)加茂秋房(現若宮町)に工場設立
渡辺寅平により事業としての歴史がスタート
白玉粉、蚕糸、生糸、材木等の事業の多角化
明治末期に、事業を白玉粉に絞る。一日に約1トンの生産量
議員でもあった渡辺寅平が、加茂町(現加茂市)の水道開設の提唱者となる。
明治19年(1886年)石臼挽きがモーターによる電動へ(人力→水車→モーター)
大正 6年(1917年)加茂番田に2640ヘクタールの大工場を設立
■加茂町の当時の地図(国立国会図書館所蔵の東京交通社編「大日本職業別明細図」昭和12年
デジタルデータより。国立国会図書館へ掲載許可確認済)
大正 7年(1918年)山世商会を合名会社に改組
大正10年(1921年)大量生産可能な機械設備を考案、ベルト式回転乾燥機導入
工場内に加茂駅よりトロッコで燃料の石炭搬入
白玉粉の生産量で圧倒的な日本一 従業員も100人以上の新潟を代表する企業へ
昭和元年(1926年)最高日産150俵(60kg/俵)の生産 約9トン相当の白玉粉を一日で生産
当時、白玉粉製造において全国の70%を新潟県が占め、そのうちの70%が山世商会が製造
■当時の全従業員が写った弥彦神社での参拝写真(現在、著作権により掲載許可申請中)
■美人画で有名な伊東深水が渡辺家に逗留 当時の女将と商品を描いたもの
太平洋戦争(第二次世界大戦)により、従業員の徴兵や米の統制により山世商会は一時解散
昭和16年(1941年)太平洋戦争(第二次世界大戦)により山世商会は一時解散
後の3代目に当たる渡辺英一は、陸軍大尉として戦争へ。男兄弟、男性従業員も戦争へ。
白玉粉製造のともしびは、渡辺ナカ(英一の母)と渡辺トシ(英一の妻)の女性陣が守る
その奮闘は、地元紙:新潟日報の「老舗物語」(2016年 月計4回)で紹介される。
闇米を使い風呂場で石臼を挽き白玉粉製造の歴史を守り抜く。
戦争より戻った3代目の渡辺英一により、渡英商店として再建
昭和24年(1949年)3代目に当たる渡辺英一により渡英商店として再建
昭和27年(1952年)本社加茂工場を現住所に設立(新潟県加茂市駅前7番4号)
■本社加茂工場の建設風景写真 渡辺英子写真 他数点
昭和41年(1966年)渡英商店を株式会社に改組
餅製造にも着手(両側金具でソーセージ状にパックしたなまこ状の餅)
昭和 3代目渡辺英一が全国餅工業協同組合の組織化に尽力し、初代理事長となる。
勲章
板状包装餅(業界用語:板餅)の製造を開始
昭和49年(1974年)餅専属の田上工場設立(新潟県南蒲原郡田上町大字田上丙3002-1)
昭和53年(1978年)渡辺英一死去により、4代目として渡辺延次が社長就任
生切り餅、あんこ、牛皮(クール餅)、笹団子等の和菓子分野へも進出
平成16年(2004年)東京で商社勤務していた5代目にあたる渡辺隆行が戻り入社
あんジャム(瓶詰めあんこ)、ペットボトル入り白玉粉、ステック餅、ひと口餅
蜜になる砂糖、さらふわきな粉等開発と全商品パッケージリニューアル
平成18年(2006年)5代目渡辺隆行の弟渡辺幸治によりWEB販売開始(楽天市場中心)
平成20年(2008年)板餅の技術で「玄米餅」開発に成功し製造販売開始
平成22年(2010年)独自の絵柄(鯛の絵)の一升餅を開発し製造販売開始
板餅を「イタモチ」として商標を取り、パッケージリニューアルし注力販売開始
平成27年(2015年)5代目渡辺隆行へ経営権が移り、経営難だった渡英商店復活プロジェクトスタート
プロジェクトの目玉は、昭和40年代に開発された業界で忘れ去られていた「板餅:イタモチ」
平成30年(2018年)5代目渡辺隆行が社長就任
令和 年( 年)「きりたんぽ」と「お餅」の良いとこどりしたイタゴハン(なべちゃん)開発
令和 年( 年)なべちゃんが新潟デザインコンペディションで審査員特別賞
令和 年( 年)本社加茂工場の白玉粉製造機械群9点が加茂市の指定文化財となる。
イタモチ専門店化宣言(餅業界のレジェンド的製造技術の維持継続プロジェクト)
令和 5年(2023年)業界内でほぼすべての企業が板餅:イタモチの製造を止めたこのタイミング
で渡英商店は、逆の発想から「イタモチ専門店化」宣言を出す。
伴い、イタモチ以外のほぼ全ての商品を製造販売停止し、イタモチに注力する決断
令和 7年(2025年)令和の米騒動に端を発し、もち米価格が4倍(5万/俵)になるも乗り切る
白玉粉の原点回帰プロジェクトスタート(今回は生産量ではなく品質とこだわりで再び日本一を目指す)
令和 8年(2026年)中東情勢によりあらゆる仕入れ価格の上昇(昨年に続き2年連続で苦難期)
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2026年ホームページのリニューアルに伴い、弊社の歴史を再研究しました。
新潟県立図書館の調査員の方々の尽力により、国立国会図書館にある古い書物が数点発見され
それをもとに、掲載許可の確認等を進め、今まで以上に詳しい歴史公開ができました。
本当にありがとうございました。
1969年と1970年の加茂市大水害により写真含めほぼ全ての証拠書類が無くなっていることから
文献探しに新潟県立図書館を訪ねたことから始まりました。
今回の調査で、創業年が明治17年から明治15年に早まり、さらには先祖により
文政年間(江戸時代後期)より白玉粉製造されていたことが判明しました。
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